大判例

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前橋家庭裁判所 昭和39年(少ハ)3号 決定

本人 T・Y(昭一九・一・二〇生)

主文

少年を、昭和三九年一二月三一日まで、特別少年院に継続して収容する。

理由

一、申請の要旨

久里浜少年院長から、当庁に対し、「本少年は三九年九月三日をもつて期間満了となるものであるが、両親不詳であり、養父母も所在不明で更生保護会に帰住する以外に方法のない実情にあり、出院後相当の期間保護観察に付する必要が考えられるので、少年院法第一一条第二項以下の規定によつて、向う二ヵ月間の収容継続の決定を望む。」趣旨の申請がなされた。

二、調査、審判の結果

そこで、調査、審判の結果次の事実が明らかとなつた。

イ  少年は、当庁において、昭和三八年九月四日、窃盗、同未遂の非行により特別少年院送致の決定を受け、翌五日より特別少年院久里浜少年院に入院した。

ロ  少年の入院後の成績は、昭和三八年一一月二〇日に器物破損で謹慎一五日の反則があつた以外は、比較的良好で、順次進級し、昭和三九年七月八日、最高の処遇段階(一級の上)に進み、更生保護委員会の面接も終り、出院準備中である。(このまま行けば九月二二日出院予定)

ハ  しかし、少年は、過去においても数回の非行があり、幼年児から施設収容の経歴を持ち、知能は高い(IQ-一〇七)が、その性格には、協調性を欠き、気分易変、自己顕示、情緒不安定等の偏倚があり、健康な社会共同生活を送るには多分の問題を含んでいる。

ニ  しかも、少年は所謂捨児で、実父母は不詳、少年の里親であつた館林市の○塚○治も経営不振により少年を捨てて逃走し、所在不明の状態にあり、少年の親族は一名も存しない。少年の本籍は、少年の前回の非行の際、当庁において就籍手続をとつたものである。

ホ  したがつて、少年の帰住先としては、保護観察所を中心とする更生保護会等に依存する以外に適切な資源は見当らず、少年も亦、右機関によつて群馬県内に職場と生活の場を与えられることを強く希望している。

ヘ  前橋保護観察所では、少年の引取について、積極的意欲を示しており、宿泊場所、職場のあつせん等を主とする経済的精神的援助を与え、かつ、少年の職場への安定と勤労意欲の向上を図るためには、保護観察を相当期間にわたつて行使出来るよう、裁判所の決定を望んでおり、担当観察官としては、少年の性格負因から頻回転職、怠業等を十分に予想されるので、観察の期間は出来るだけ長期にわたる方が効果的であると述べている。

三、当裁判所の判断

以上の主たる事実問題に関して、当裁判所は次のように考える。

イ  先ず、本件のように、院内収容の必要による継続収容決定申請でなく、むしろ、退所後の処遇を図るための、継続収容を認め得るかが問題であり、学説、判例には争いがあつて統一的見解はないが、積極的に解すべきものと判断する。通常の場合、出院後保護観察がなされるのは、単なる仮退院の反射的効果ではなく、収容教育による矯正効果を更に押し進めて、在宅による社会生活を通じ自立更生をなし得るまでの、所謂橋渡し的教育を期待したものであつて、少年の非行性と要保護性の変化に応じてなされる原則的処遇と解される。この理は継続収容の場合も同一である。院内収容だけを目的とし、出院後のことは考慮しないものとするならば、少年の社会隔離と施設内教育のみを重視し、出院後の所謂アフターケアーを無視することとなり、処遇の一貫性と教育効果を害することになるであろう。従つて、これが不当に少年の自由の拘束とならない限り、継続収容決定にあたつても院内収容の期間に限定することなく、広く出院後の処遇をも含めて考慮すべきものと解する。

ロ  次に、継続期間の限度は少年院長の申請期間に限定されるか否かが問題であるが、収容継続申請事件の審判の対象は、少年院長の申請の許、不許にあるのではなく、少年の要保護性、非行性の変動に応じて、従前の非行に基づいてなした少年院送致決定を、現状と実体に側して変更するか否かであるから、その期間は申請期間に拘束されることなく、裁判所の判断によつて自由に定め得るものと解する。

ハ  以上の見解に立つて、本件を考えるとき、少年の施設内における処遇は最早十分な段階に達したものと解されるが、少年の性格、環境に照らし、その余後は多分の危険が予測され、専門ケースワーカーの指導援護の措置が必要であり、その期間は少くとも本年末までは必要と解する。

四、結論

よつて、少年院法第一一条により、本少年を、昭和三九年一二月三一日まで特別少年院に継続して収容する、こととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 大塚喜一)

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